かんとうよめな

江戸川を舞台にした「野菊の墓」は地元では貴重な文学だ。
野菊という植物はない。
野菊の墓の野菊は何であろうとの考察が有る。
シロヨメナ、ノコンギク、ユウガギク、カントウヨメナ等が候補に挙げられている。
小生が現在川原で見るのはヒメジオン、カントウヨメナでヒメジオンは盛りを過ぎカントウヨメナと勝手に考えているが明治時代とは違うだろう。
川原と300m位はなれた矢切台地とは多少植物も異なるだろう。
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この記事へのコメント

saheizi-inokori
2006年10月12日 10:26
確かに白菊だろうと思います。小説の中では色はでてきましたっけ?
散歩好き
2006年10月12日 12:22
saheiziさん 実は薄い紫色をしています。シロヨメナは真ん中の黄色の部分の形状が好きではありません。写真の花がカントウヨメナとするのにネットで教えてもらった事はノコンギクと酷似していて鑑別は花弁を抜いた時根本に冠毛が付いているのがノコンギクでそれがないのがカントウヨメナと言う事です。
郷土史家の古老によると伊藤左千夫は矢切の里見の落ち武者の家に逗留していたという。野菊の墓の書き出しに里見の落ち武者の家が3軒ありその一軒が我が家である。と主人公正雄は小説の初めで言う。安房から勢力を張り出し矢切国府台にまでと言う事は房総半島全てを支配していた里見が江戸川を挟んで北条と対峙し国府台の戦いで破れ安房に引っ込み再起出来なかった。参考までに。
knaito57
2006年10月13日 08:53
わたしは「民子ノコンギク説」です。この時期、“30�H”付近の道端と田んぼの畦にたくさん咲いています。でもカントウヨメナ、似ていますね。
散歩好き
2006年10月13日 09:16
knaito57さん 菊を連想した時こんな花と思えるのはカントウヨメナでありノコンギクなのでこのイメージでと言う事でしょう。花にはかわいそうですけど花弁を付け根から引き取り付け根に細かい毛が付いているとノコンギクとのことです。

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